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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1837号 判決 1982年8月31日

控訴人

斎藤博

被控訴人

大日本土木株式会社

代表者

安田梅吉

訴訟代理人

小坂重吉

山崎克之

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  双方の求めた裁判

控訴人は、「原判決中主文第3項を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

なお、被控訴代理人は当審において、原判決主文第1項に関する部分につき訴えを取下げ、控訴人はこれに同意した。

第二  双方の主張関係

一、請求の原因(被控訴人)

別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)について

(一)  訴外和同商事株式会社(以下「訴外会社」という)は、昭和四八年四月二三日本件土地を含む横浜市南区別所四丁目九四五番原野芝池一、二六四坪及び同所九四四番山林二五〇坪(以下単に「九四五番外一筆の土地」という。)を平戸光吉(以下「平戸」という。)から買受えた上、同日被控訴人に対しこれを代金一億三、四四〇万円で売渡し、被控訴人はその代金の支払いを完了した。

(二)  しかし、その後、都合により、被控訴人、訴外会社、訴外明生住宅の三者は、(一)記載の売買の経路を変更し、訴外会社が平戸から買い受けた前記土地をあらためて、いつたん明生住宅に売却した上、被控訴人は明生住宅から買い受けることにし、昭和四八年四月二三日付で訴外会社と明生住宅との間で代金一億三、四四〇万円とする売買契約、次いで同年一二月一〇日付で明生住宅と被控訴人との間で代金一億八、九四〇万円とする売買契約が締結され、被控訴人の明生住宅に対する代金の内一億三、四四〇万円及び明生住宅の訴外会社に対する同額の代金の支払は被控訴人が既に訴外会社に交付した同額の金員をもつて決済し、被控訴人の明生住宅に対する残代金五五〇万円の支払は後日これをした。

(三)  ところで、九四五番外一筆の土地の面積は、平戸が訴外会社に売渡したときには、公簿上五、〇〇四平方メートル(一、五一三坪)であつたが、実際には一、八〇〇坪以上あると見られていた。そのため、そのうち、一、六〇〇坪を売買の対象とすることにし、その差二〇〇坪は実測、造成の後平戸に返還すること、実測の結果が右一、六〇〇坪に満たないときは清算して差額の代金を返還すること、一、八〇〇坪以上あつたときは一、八〇〇坪を超える部分は、無償繩延び分として買主である訴外会社において取得することが約束された。

訴外会社が明生住宅に売却するときも、また被控訴人が明生住宅から買受けるときも右と同様の約束がされた。

(四)  その後実測の結果、右九五四番外一筆の土地の面積は6,731.04平方メートル(二、〇三九坪)あるということであつたが、実際には、二、〇二二坪にも満たないことが判明した。

(五)  訴外会社は昭和四九年八月五日九四五番の土地から本件土地を分筆し、同月一六日片桐達栄(以下「片桐」という。)に対して所有権移転登記を経由し、同人は昭和五三年一月一三日控訴人に対して所有権移転登記を経由した。

(六)  (一)ないし(三)の経緯に照らすと、九四五番外一筆の土地中平戸に返還する部分以外は被控訴人の所有に属するから、本件土地は同人の所有に属する。

しかるに、被控訴人の従業員であり、右土地買上げに従事していた控訴人は、私利を図り、同人が実質的主宰者である訴外会社から明生住宅を経て本件土地を勝手に分筆した上、自己名義に登記し、これを領得したもので不法取得である。

(七)  よつて被控訴人は本件土地につき控訴人に対して所有権移転登記手続を求める。

二、請求の原因に対する認否(控訴人)

(一)  請求原因(一)は、そのうち、訴外会社と被控訴人との売買対象土地に本件土地が含まれる点を除いて認める。なお、右売買契約は成立直後合意解除された。(二)の事実は認める。但し本件土地は対象外である。(三)のうち、九四五番外一筆の土地は訴外会社が平戸から買受けたときには公簿上五、〇〇四平方メートル(一、五一三坪)であつたが、実際の坪数は一、八〇〇坪以上あり、そのうち、一、六〇〇坪を売買することとし、二〇〇坪は平戸に返還する約束であつたことは認めるがその余の事実は否認する。訴外会社が被控訴人に売り渡した土地は右一、六〇〇坪に限定されこれを超える部分は売買の対象から除外されており、この除外土地の中に本件土地が含まれているのである。その後右一、六〇〇坪の土地は訴外会社より明生住宅を経て被控訴人へ売り渡されたが、本件土地はその対象から除外されている。(四)の事実は否認する。実測の結果は二、〇二二坪(次の(二)参照)であつた。(五)の事実は認める。(六)の主張は争う。

(二)  訴外会社が平戸から買受けた九四五番外一筆の地積については、従来二〇六四坪と主張し、その後乙第一四、第一五号証の測量図により二、〇六一坪を主張してきたが、その中には、もと平戸所有のものの外もと訴外鈴木善一所有の横浜市南区別所四丁目九四一番の四一の土地三九坪が含まれているので、これを控除した二、〇二二坪である。そして、平戸に返還されるべき土地の範囲は、当初二〇〇坪の予定であつたが、後に被控訴人との間で、右二〇〇坪の返還予定地は一六五坪に縮少され、更に内五〇坪を被控訴人が工事費名下に取得した結果、最終的に平戸に返還された土地は、一一五坪に減少した。

他方訴外会社から明生住宅へ、同社から被控訴人に順次売渡された土地の地積は、売買契約書から明らかなように一、八三九坪である。

そして、九四五番外一筆の土地二、〇二二坪から、平戸に返還された土地一一五坪と被控訴人に至る一連の売買対象地一、八三九坪との合計一、九五四坪を差引くと、残余地は六八坪となる。本件土地は、この六八坪の中に含まれているものであり、この六八坪は被控訴人の指示に基づく裏金備蓄用地として、訴外会社に留保され、本件売買の対象から除外されたのである。仮に九四五番外一筆の土地の地積が二、〇一五坪であると仮定しても、訴外会社に留保された残余地はなお本件土地を含むのに十分である。

三、背信的悪意の主張(被控訴人)

(一)  本件土地について二重譲渡の関係が生じるとしても、控訴人はいわゆる背信的悪意者であるので、控訴人は被控訴人の本件土地所有権取得につき、登記の欠缺を主張し得ない。すなわち、控訴人はかつて、被控訴人の土地開発買収業務の担当責任者であり、且つ訴外会社の実質上の主宰者として、九四五番外一筆の買上げを担当し、本件土地を訴外会社から明生住宅へ、同社から更に被控訴人へ所有権移転登記がなされるべき法律関係を自ら作出しながら、反面右登記手続未了を奇貨として、訴外会社から訴外片桐を経由して自己へ所有権移転登記をするに至つたものであるから、控訴人が背信的悪意者であることは疑いない。

(二)  右の点につき、控訴人は善意の中間者片桐の介在によつて、背信的悪意の主張は遮断されると言うが、そもそも背信的悪意の理論は、背信的悪意者を登記制度の庇護の下から放逐しようとする信義則の理念に立脚しているものであるから、対立当事者間において相対的に決せられるべき事柄である。そうでなければ、徒らに背信的悪意者を、悪意の遮断の隠れ簑によつて免責することとなり、背信的悪意理論の本旨に悖ることになる。従つて、控訴人の前に善意取得者片桐の存在することは、本件につき背信的悪意理論を適用する妨げとはなり得ない。

四、背信的悪意の主張に対する反論―悪意の遮断―(控訴人)

(一)  控訴人が本件土地の取得につき背信的悪意者であるとの主張は争う。

(二)  本件土地は、訴外会社から片桐へ、同人から控訴人へと所有権移転したものであるが、片桐は右所有権取得につき善意の第三者である。従つて、仮に控訴人が背信的悪意者の立場にあつたとしても、中間取得者である善意の片桐が介在することにより、控訴人の本件土地取得については悪意が遮断され、もはや背信的悪意の理論を適用する余地はないといわなければならない。蓋し、右のように解さないと、中間に介在する善意の第三者の所有権帰属も覆滅することとなり、善意取得者の保護に欠ける結果となるからである。この不当な結論を回避するには、善意取得者から不動産を譲受けた転得者が、背信的悪意の立場に当る場合であつても、その所有権帰属を否定することなく、唯同人に損害賠償義務を課することにより、バランスを図るようにすれば足りる。

五、登記請求権喪失の主張(控訴人)

被控訴人は昭和五三年四月、訴外積水ハウス株式会社に対し、明生住宅を経由して訴外会社から売買により取得した土地を売渡した。従つて、仮に被控訴人が買受けた右土地の中に本件土地が含まれていたとしても、被控訴人はすでに、本件土地の所有権を喪失し、これに基づく所有権移転登記請求権も失うに至つたというべきである。

六、右五の主張に対する反論(被控訴人)

被控訴人は、積水ハウスに対し、売買契約に基づく所有権移転登記をなす義務を負つており、この義務を履行するために、控訴人に対して移転登記を求める法律上の利益と必要がある。

第三  双方の証拠関係<省略>

理由

一1  請求原因(一)(二)(三)(五)の事実は、訴外会社が明生住宅を経由して、被控訴人に売却した土地の範囲及び右売却地の中に本件土地が含まれていた点を除いて、当事者間に争いがなく、右事実と<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  訴外会社は、昭和四八年四月二三日本件土地を含む九四五番外一筆の土地を平戸から買受けた上同日被控訴人に対しこれを代金一億三、四四〇万円で売渡し、被控訴人はその代金を支払つた。

(二)  被控訴人は右土地を明生住宅へ転売する予定であつたが、その後、都合により、被控訴人、訴外会社、明生住宅の三者間で右の売買経路を変更し、(一)の訴外会社、被控訴人間の売買契約を合意解除の上、あらためて、訴外会社から明生住宅へ同会社から被控訴人へと順次売渡す旨の合意をし、昭和四八年四月二三日付で訴外会社と明生住宅との間で代金一億三、四四〇万円の売買契約が締結され、ついで同年一二月一〇日付で明生住宅と被控訴人との間で代金一億八、九四〇万円の売買契約が締結された。

(三)  ところで、九四五番外一筆の土地の面積は、平戸が訴外会社へ売渡したときには、公簿上は五、〇〇四平方メートル(一、五一三坪)であるが、実際には約一、八〇〇坪あるものと考えられていた。そこで、平戸と訴外会社との間で、右売買契約の際、契約上売買の対象としては一、六〇〇坪として代金額を定め、実測の結果が一、六〇〇坪に満たないときは、不足分について代金を返還する、実測の結果一、八〇〇坪以上あるときは、そのうち二〇〇坪については、造成等をした後、平戸に返還することが約束され、契約書上明記されるとともに、一、八〇〇坪を超える部分については買主・訴外会社においてこれを無償取得することが了承された。

その後の訴外会社と被控訴人との最初の売買契約、合意解除後の訴外会社と明生住宅、明生住宅と被控訴人との間の各売買契約においても、同様の約束、了承がなされた。そのため、明生住宅と被控訴人との売買契約の際には、実測の結果、地積は6,731.04平方メートル(二、〇三九坪)あるとされていたところ、被控訴人の取得する土地は、平戸へ返還する二〇〇坪を除き6,071.04平方メートル(一、八三九坪)であるとされ、契約書上もその旨記載された。

したがつて、平戸へ返還する部分以外の土地は、被控訴人が取得した。

(四)  本件土地は右平戸へ返還する部分以外の土地であつたが、明生住宅や被控訴人への所有権移転登記が未了の間に昭和四九年八月一日訴外会社から片桐へ譲渡され(なお同月五日分筆登記の上、同月一六日所有権移転登記)、昭和五三年一月七日控訴人においてこれを取得した(同月一三日登記)。

(五)  以上の点につき、控訴人は、本件土地は訴外会社から、明生住宅、被控訴人への一連の売買契約の対象土地から除外され、被控訴人の指示に基づく裏金備蓄用地として、訴外会社に留保されていたものであると主張し、地積上の根拠を挙げるので検討する。

(1) 右地積上の根拠に関する主張は、変転を重ねて一貫性を欠くが、最終的には、九四五番外一筆は二、〇二二坪であるところ、これより、明生住宅から被控訴人に売却された一、八三九坪と平戸へ現実に返還された一一五坪計一、九五四坪を差引くと、六八坪が残り、本件土地(約五五坪)は右残地に含まれる(二、〇一五坪でも同様含まれる)という。なるほど、原審における控訴人本人の供述は右主張にそうし、<証拠>によると九四五番外一筆が二、〇二二坪であることが認められるし、<証拠>によると平戸に返還された土地が一一五坪であることも認められる。しかし、<証拠>によると、平戸への返還部分が、当初の二〇〇坪から右のように減少したのは、造成の終つた昭和五三年になつて、造成費等を勘案して、二〇〇坪のうち五〇坪は造成費分として被控訴人に取得させ、三五坪はあらためて被控訴人において買取ることとしたためであることが認められる。そうすると、平戸への返還分が減つたからといつて、控訴人主張のような残地が生じたものではなく、右主張は採用できない。

(2) また訴外会社に本件土地を留保する理由についての控訴人の主張についてみるに、<証拠>によると、控訴人が被控訴人の従業員であつた当時被控訴人のため裏金をつくつたりしたことのあることは窺われるが、本件土地を裏金づくりのため被控訴人の指示によつて訴外会社に留保したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて前記小幡の証言によると、そのようなことがなかつたことが認められる。したがつて右主張も採用できない。

2(一) 右1の認定の事実によれば、訴外会社は本件土地を明生住宅に譲渡しながら片桐へ二重に譲渡してこれへ所有権移転登記をしたものであり、控訴人は、更に右片桐から、譲渡を受けて自己への所有権移転登記を経由したものであることが明らかである。

そして被控訴人が本件土地について所有権移転登記を経由していないことは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、<証拠>によれば、控訴人は昭和四二年被控訴人に入社し、営業を担当していたが、昭和四六年四月被控訴人東京支店土木営業部営業主任、昭和四八年四月課長代理、昭和四九年四月営業課長になつたこと、被控訴人は昭和四七年七月明生住宅から横浜市港南地区において用地を取得し、開発許可を得て宅地造成した後売り渡す仕事を請負つたが、控訴人はその用地を買収取得する業務の責任者になつたこと、一方、控訴人は右業務に従事するうち、自己の全額出資の方法で不動産会社を設立し、被控訴人が土地を買収する際に、地主との間に右会社を介在させ、本来の買収価格に上乗せした価格で被控訴人に買収させることにして、その差額をマージンとして取得することを目論み、昭和四八年四月二日訴外会社を設立したこと、もつとも控訴人は被控訴人にはこのことを秘すため妻の弟井坂正明を名義上の代表取締役として登記したが、訴外会社は設立以来控訴人が実質的に支配していたこと、しかして、控訴人は昭和五二年一月一〇日被控訴人を退職したが同年四月一二日訴外会社の実質上の主宰者として被控訴人と訴外会社ないし明生住宅との間の本件売買取引に深く関与し、本件土地についても、訴外会社から明生住宅を経て被控訴人へ売買による所有権移転登記手続をしなければならない関係にあることを十分知悉していたことが認められ、控訴人本人の供述中右認定と異なる部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、控訴人は被控訴人及び訴外会社における前述の地位、役割において、本件土地が訴外会社から明生住宅へ次いで被控訴人へ順次その所有権移転登記がなされるべき関係を自ら作出しておきながら、他方、訴外会社をして本件土地を片桐へ譲渡させて右義務の履行を不能ならしめ、しかも自ら片桐から所有権の譲渡を受けてその旨の登記を経由した者であるから、信義則に照らし、被控訴人の本件土地の所有権取得につきその旨の登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者と認めるのは相当ではない(いわゆる背信的悪意者)。

(三) 控訴人は、本件においては、控訴人の前に善意の第三者である片桐が中間取得者として介在しているので、控訴人の本件土地取得については、悪意が遮断され、背信的悪意の理論を適用する余地はないと主張する。

しかし、背信的悪意論は、被控訴人の主張するように、信義則の理念に基づいて背信的悪意者を登記制度の庇護の下から排斥せんとする法理であるから、登記欠缺者と当該背信的悪意者間の法律関係について相対的に適用されるべきものであり、善意の中間取得者の介在によつて、その適用が左右される性質のものではないと解するのが相当である。蓋し、斯く解したからとて、その適用の結果が中間に介在する善意の第三取得者の法律関係、法的地位に影響を及ぼすものでもなく、又反面、控訴人の主張するような、悪意の遮断を認めると、善意の第三者を介在させることにより背信的悪意者が免責されるという不当な結果を認めることになるからである。従つてこの点に関する控訴人の主張は、採用し得ない。

3  被控訴人が本件土地を含む、その買受地を昭和五三年四月頃積水ハウスに売却したことは、弁論の全趣旨に徴し、当事者間に争いがないものと認められる。

控訴人は右の点を捉えて、被控訴人は右売買の結果、控訴人に対する本件土地についての所有権移転登記請求権を喪失した旨主張する。

しかし、被控訴人は右売買契約後も、積水ハウスに対して、売主として本件土地についての所有権移転登記をなすべき義務を負つているので、その義務の履行のため、控訴人に対し、自己への所有権移転登記を請求出来るのである。従つて、控訴人の右主張も採用できない。

4  以上により、被控訴人の本件土地についての所有権移転登記請求は、正当としてこれを認容すべきである。

二よつて右と結論を同じくする原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(田尾桃二 内田恒久 藤浦照生)

(別紙)物件目録<省略>

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